実を言うと、僕はビートルズもストーンズも「ちょっと違うな」といつも内心思っていた。 クリーデンズやドアーズの方がなんとなく個人的にぴたっと来るところがあった。
もちろんリアルタイムではずっと聴いてきたのだが、ビートルズやらストーンズの音楽がしみじみ実感できるようになったのは、ついこの七、八年のこと(*注参照)である。ギリシャの島で暮しているときにとくになんという理由もなく、突然ビートルズが聴きたくなって、ずうっと聴いていた。だから「ホワイトアルバム」を聴くと、今でもギリシャの秋の午後の、人影のない海岸が目の前に浮かぶ。遠くから波の音が聞こえ、空は晴れてどこまでも高く、雲はまるで切りかかるみたいに白かった。松林の匂いがした。
注 この文章が書かれたのは1996年、村上春樹氏が47歳の時。
|